3976.2018年4月2日(月) 現代っ子の考え方と趣味

 今日各役所、企業では新入社員を迎えた。全般的に人手不足が言われる中で、大手企業は大量の社員を採用している。今から55年前は私もそうだった。ついそれらしい若手サラリーマンを見ていると応援したくなる。これから厳しい仕事が待ってるだろうが、何十年か後には彼らも立派な社会人として一人立ちしていることだろう。

 さて、一昨日奈良から春休みの楽しみのひとつとして我々祖父母の許へやってきた孫娘2人が、午後の新幹線で奈良へ帰って行った。台風一過である。一昨日我々が新横浜駅へ出迎えて昼食をともに済ませた後、妻が若い娘たちに人気の原宿・竹下通りを案内し、彼女らがステーキをうんと食べたいというので妻がステーキ肉をしこたま買い込んでその日の夕食はステーキを賞味した。彼女らはステーキを2枚も平らげ大満足の様子だった。昨日は妻が1日ディズニー・シーを案内し、夕方私が自由が丘駅へ出迎えてフランス料理のディナーでもてなす。最終日の今日は妻が自由が丘のケーキ店でケーキをご馳走し、昼食を済ませて帰宅。すぐ新幹線新横浜駅まで車で送り、無事列車へ乗り込むのを見届けてわが家へ帰って来た。

 私も精神的に疲労感を憶えたが、妻は3日間ほとんど孫たちと一緒に行動していたので、肉体的にも相当疲れたと思う。孫たちと一緒に寛ぐような機会はあまりないので、これも好い思い出になるわけだが、それでもすぐに同じようなチャンスがやって来ることはご遠慮したいというのが率直な気持ちである。

 物怖じしない現代っ子の気持ちに付いていけなくなったが、少しでも心の内は知っておいた方が良いと思っている。テレビで歌番組を観ていても、「スマホながら族」で我々老人世代とはまるで趣味が違うのが良く分かる。一方で、高校へ進学する孫娘に漱石の「坊ちゃん」を読んだかと聞くとまだ読んでいないと言う。息子夫婦は割合読書家だが、その娘たちが「坊ちゃん」をまだ読んでいないとは意外でがっかりだった。私自身小5年の時に母親に勧められて読んだが、他の同学年生はどの程度「坊ちゃん」を読んでいるのか、興味深い点である。

 それでも2人ともそれぞれハンドボール、バスケットボールに夢中で運動神経が抜群に良いので、その方面ではのびのびと才能を伸ばしてほしいものだと思う。

2018年4月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3975.2018年4月1日(日) エイプリル・フールにして新年度入り

 今日はエイプリル・フールにして新しい年度に入る。社会的な話題で興味を惹きそうなことがある。中でも大阪市営の地下鉄が民営化されるというのも珍しい。いずれ都営地下鉄もそうなるかも知れない。広島市では今日から原爆記念公園内では全面的に禁煙となる。今も喫煙について国や地方でのルールが決定されない中で一足先に全面禁煙に踏み切った。喫煙者には辛い決定だろうが、世の中が禁煙の方向に向かっていることや、戸外とは言え子どもが多い場所であることを考慮すれば、これも受け入れざるを得ないルールではないかと思う。

 今年度はいろいろ社会的、或いは反社会的なルールがいくつか決定されるようだ。反社会的のものでギャンブル法案という馬鹿げた法案が成立しそうだ。特区構想とか言い逃れをしながら、非倫理的な賭博を認めて金を稼ごうというのだ。しかし、現在与党内でも自民党と公明党との間で対立しているのが、いわゆる賭博場への入場料である。自民党は収益を上げるためには、入場料を安くして大勢の入場者を賭博場に呼び込みたいと言い、他方公明党はモラル上あまり積極的に賛成ではなく、極力入場料を高めにしてゲートを潜り難くする高額入場料設定を主張しているようだ。所詮どちらせよアイデイア自体次元が低い。公明党案の方が悪をまき散らす恐れが少ないだけに、まだましだろうか。いっそのことうんと高額にして大金持ちの賭博師しか手が出せないようにしてはどうだろうか。

 さて、古代インドでは、生涯を4つの時期、「学生期」「家住期」「林住期」、そして「遊行期」に分けて考えたという。先の3つの時期は大体25年間をメドにし、最後の「遊行期」は10年ぐらいを考えている。その中で50年の人生を生き抜いて来た後の25年、つまり51歳から75歳までの「林住期」が、人生のクライマックスと考えられている。

 実は会社同期入社の仲間に、昨年に続き同期生会の案内を出す時期である。そこでハタとこの言葉を思い出した。我々同期生は皆すでに「林住期」を過ぎている。実は、この言葉は五木寛之氏著「林住期」から拾ったものだが、これを読んだのが今から10年前だった。「林住期」の絶頂期にいたころである。だが、今では古代インドなら「遊行期」にいる。

 五木氏の主張は、要は仕事を止めてから「毎日が日曜日」ではなく、これから残りの人生を仕上げる気持ちが必要だとのご託宣である。我々は人生を仕上げる気持ちが必要だということになる。考え方としてはまったく同感である。面倒さから手を引こうというのか、自分の身の回りから連絡網をどんどん絶っていく人が意外に多い。また、恒例だった集まりからも身を引く人が目につく。こうして身の回りから知人をどんどん避けることになる。そうなれば、当然付き合いの度合いは狭くなり、世の中から遠ざかる一方になる。だが、生きて行く以上唯我独尊というわけには行くまい。その点がどうしても気にかかる。それでも年賀状は送る枚数より、受け取る枚数の方が少なくなっている。面倒で連絡もしないまま、自分から繋がりを絶ってしまう人が多い。人生の仕上げが出来ないと思うのだが・・・。

 

2018年4月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3974.2018年3月31日(土) 天皇即位の公式スケジュール

 来年4月30日に今上天皇が退位され、翌5月1日に皇太子が新天皇として即位されることはすでに決定しているが、これらの儀式と相前後していくつか重要な儀式が行われる予定である。その最大級の行事「即位礼正殿の儀」が10月22日に行われることが決まった。それは国内外に天皇の即位を正式に宣言するのが目的である。その後11月14~15日に大嘗祭(だいじょうさい)が行われる。これは新穀を神様に備えて祈ることを意味している。ところが慣例としてそのための祭場「大嘗宮」を皇居内に建設しなければならない。今上天皇即位に際して建てられた大嘗宮は、約14億円かかったという。今ではそを遥かに上回る公費が必要とされる。

 概ね今上天皇即位の折の例を一応参考にするようだが、皇室行事は、一般人のそれとはかけ離れてひとつの祭事に時間と費用がかかる。また、憲法が定める国民主権や政教分離の原則との整合性が問題になる。原則的に宗教儀式に公金を使ったり、国家公務員が挙行に携わったりすることなどは憲法上疑義があるとされている。加えて「即位礼正殿の儀」では天皇が国民の代表である首相より高い位置からお言葉を述べることも懸念されている。微妙な問題だが、このように憲法上問題にされそうな点がいくつかあるようだ。天皇、皇后の精神的な負担もかなり重い。また雅子皇太子妃が健康上勝れないことにも配慮して精神的、肉体的に新天皇、新皇后にあまりストレスを与えるようなことは避けなければならない。

 今心配されているのは、「即位礼正殿の儀」の後に予定されている「饗宴の儀」の扱いである。今上天皇即位の折は、国内外から何と約3千人のゲストを招き、4日間で昼夜7回も開催したことがあり、これが天皇・皇后に相当な負担となったようだ。この規模を縮小することを検討しているようだが、海外の賓客を減らすのはかなり難しいらしい。

 時代の流れも考えてもっと簡素化することは出来ないものだろうか。まだまだ時間はある。

 さて、今日は春休みということで、奈良に住む長男の2人の娘が新幹線でやってきた。新横浜駅で横浜に住む二男家族4人と待ち合わせ昼食を楽しんだ。その後2人の娘たちが原宿の竹下通りへ行きたいということで妻が連れて行った。4月から高校生になるハンドボール選手の長女と中2生の二女は、やはり関心は世の現代娘と同じである。明日はディズニーシーへ連れて行くことになっているが、とても付き合い切れないので、これも妻が付き添うことになる。孫のお守りも中々大変であるが、2人とも素直で元気なのが好い。

2018年3月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3973.2018年3月30日(金) アナウンサーが間違える言葉の使い方

 年度末を迎えて、新年度にはステージを去るテレビ番組のキャスターやレギュラースタッフがお別れの挨拶をしていた。NHK朝のニュースでもお別れの挨拶をしていた。「ありがとうございました」と口裏を合わせるように感謝の言葉を述べていたが、この「ありがとうございました」という表現は間違いで、「ありがとうございます」が正しい日本語である。

 今から14年前の2004年アテネ・オリンピックの折、メダリストに対してNHKアナが「おめでとうございました」「ありがとうございました」と度々言っていた。NHKは「ございます」と「ございました」を動詞の現在形と過去形だと思い違いしているようだが、これは「ありがとう」と「おめでとう」にそれぞれ「ございます」という丁寧語を付けただけだ。従って動詞ではないので、勝手に時制の変化させてはいけないとお節介だったが、NHKに対して「ございました」は間違いだと指摘、注意し拙稿掲載誌を送った。当時の放送文化研究所用語研究班S氏とアナウンス室担当部長T氏から、以降アナウンサーには「~ございました」ではなく「~ございます」と話すよう指導すると回答をもらった。実際その後しばらくはNHKアナから「~ございました」は聞かれなくなってすっきりしたと思っていた。

 ところが、いつの間にかそれが元の木阿弥となり、今では間違った言い方「ありがとうございました」「おめでとうございました」が通り相場になっている。普段そのように話しているせいであろうが、誰もそのことに気を遣わないとは少々情けない。それにしてもNHKでは指導者が注意しても時が経てば忘れ、それが正しいことであっても正そうとはしない空気があるのだろうか。これを民放が真似するわけだ。

 因みに今朝話していたキャスターと演者も、一人ひとり「ありがとうございました」と言っていた。気持ちが伝われば良いと考えているのかも知れないが、あまりにも軽いという印象は否めない。それに話すこと、伝えることが職務とも思えるNHK内部に言葉を大切に扱うという気持ちが見られないのが、何とも寂しい。

 今ではNHKに在職しているのか分からないS氏とT氏が、こを観ていたら何と思うだろうか。結局のところ偉そうなことを口にしても、話し手のプロが基本である言葉の使い方を知らないということなのである。加えて外部からの正しいアドバイスも無視される。これでは良かれと思いアドバイスしても張り合いがないということにもなる

 こうして日本語はメディアから壊れていくのだろう。桜が散り始めた時節に合わせて寂しいことである。

2018年3月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3972.2018年3月29日(木) ロヒンギャ難民問題を直視せよ。

 今朝の朝日新聞「論壇時評」で担当記者が選ぶ「注目の論点」に取り上げられているのが、菱田雄介氏の「ロヒンギャ 忘れられた難民たち」である。早速掲載誌「中央公論」4月号を近くの書店で購入し目を通してみた。筆者の読売テレビ・ディレクター菱田氏はバングラディッシュ側から難民キャンプに入り、ロヒンギャ難民やミャンマー人に直接取材した。菱田氏は論稿の中で問題発生の原因は、19世紀前半第1次英緬戦争でビルマ(現ミャンマー)がイギリスに敗れ、すでにインドを支配していたイギリスがミャンマー・ラカイン州に住んでいた仏教徒を追い出し、ベンガル地方のイスラム教徒を強制居住させたことにあると指摘している。

 ロヒンギャ事件が明るみに出た昨年8月以来、残念ながら真っ当にイギリスのこのような悪行を指摘したのは知る限り菱田氏が初めてである。知っていても書かないのか、或いは知ろうともしないのか、国際的にも日本のジャーナリストの間にもこの問題の真実を究明しようとの姿勢は見られない。ジャーナリズムの劣化と呼べば好いのだろうか。

 筆禍事件を恐れる日本のジャーナリストは、これまでこの点にまったく触れて来なかった。また罪悪感があるのだろうか、イギリス政府もこの件についてはノーコメントを通して、国連が各国はミャンマーに対して経済制裁を課すよう促している有様である。国連もレベルダウンしたものである。アウンサンスーチー国家顧問も辛い立場にあるが、反英行動には出られない。自身亡夫と子どもが英国籍だからだ。菱田氏はミャンマー人から彼らがロヒンギャを許せない事情を聴き出す。

 これらにつき、これまで日本のジャーナリストは関心を示さなかった。しかし、これだけ国際社会の注目を集め、ミャンマー、バングラディッシュ両政府間で事態解決のための協定は結ばれたが、それも実行されることなく今日に至っている。菱田氏のように現地へ入り真実を突き止め、それを基本に本当の解決策を見出さずにミャンマー政府だけを一方的に非難しても事態は解決しない。

 このロヒンギャ難民問題については、私自身これまでイギリスが反省し倫理的にも道義的にも罪の重さを感じて積極的に解決のために乗り出すことを期待しているが、イスラエル建国問題で二枚舌外交の前科があるイギリスは知らぬ存ぜぬである。今月1日のブログでも取り上げたが、今取り掛かっているメディア批判の拙著の中で、この問題に対する日本のジャーナリストの無責任ぶりについても更に追及して行きたいと考えている。

 いずれにせよ悪の根源はイギリスにある。イギリスの悪行を放置してはならない。

 折も折健康不良で辞任したティンチョー大統領の後任に、昨日スーチー国家顧問の側近、ウィンミン前下院議長が就任した。新大統領には、何とか事態を打開してほしいものである。

2018年3月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3971.2018年3月28日(水) 金正恩・北朝鮮労働党委員長、訪中の目的

 25日北朝鮮から要人専用特別列車が北京へ到着し、要人はゲストハウスの釣魚台賓館へ入った。北京駅から厳重な警戒の下に宿舎まで車列が動いた。厳しい交通規制も敷かれて通行路は一種異様な風景だった。そのまま北京市内に3泊して習近平国家主席ら中国首脳らとも会見した要人は今朝北朝鮮へ戻った。誰がいつ、何の目的でこのような異様な形で北京を訪れたのか想像するしかなかったが、今朝漸く中国テレビが公表した。想像されたように、要人とは金正・北朝鮮労働党委員長であることが正式に発表された

 中国と北朝鮮の間は一時の蜜月を終えて、最近ではあまり密接な間柄ではない。中国も知らされない間に5月末に米朝首脳会談がセットされたことが、北朝鮮の影武者を自認していた中国を焦らせ、中国としては北朝鮮に影響を与える国としての存在感を発揮すべく積極的に出たのではないだろうか。特にアメリカに対して優位に立ちたいとの思惑がある。一方で北朝鮮現在中国からも経済制裁を受けて何とか中国と縒りを戻したいとの願いがあり、可及的速やかに中朝首脳会談を持ったというのが、当たらずとも遠からずだろう。

 それにしても要人の名前なぞ事前に発表しても問題はないだろうに、なぜこうまでして金正恩という名を隠さなければならないのだろうかちょっと訝しい気がする。これだから中朝両国は、機密とか、隠密面でどうも闇の中にいるような陰湿なイメージを想像させるのだ。

 株式市場では中朝再接近がどう受け取られたのか、よく分からないが、今日の日経平均株価は対前日286円も下がった。

2018年3月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3970.2018年3月27日(火) 国会証人喚問で新たな事実は?

 今日メディアでは、朝から今物議を醸している森友学園問題に関する佐川宣壽・前財務省理財局長の国会証人喚問で持ち切りである。午前は参議院、午後は衆議院議員の質問に応えている様子を観ていると、いくら政治家が詰問してもガードの固いエリート官僚はボロを出さない。公文書改ざんについて安倍首相以下政治家から指示されたことはないのかと聞かれた時のみはっきり否定していたが、あとは「刑事訴追を受けるおそれがある」と逃げて何と50回も質問には応じなかった。結局これという野党側期待するような言質を引き出すことは出来なかった。

 午後1時から麹町でNPO法人JAPAN NOW観光情報協会理事会が開かれたので、それに出席し、帰宅してみてもまだ証人喚問が続けられていた。この問題にばかり関わっているわけには行かないだろう。これを観た評論家諸氏はどういう反応を示すだろうか。

 国会周辺は騒がしいが、本来私立学園が国有地を購入したという単純な話で国を揺るがすような問題ではない。にも拘らず、長い間政治家、役所を巻き込んで恰も国政上蔑ろに出来ない大問題にまで発展したのは、安倍首相夫妻や政治家の関与があったからであると見られている。それを政官ともにひたすら否定するから大問題に発展するのである。明日以降の安倍首相以下政治家と財務省関係者の対応が注目される。

 しかし、いつまでもこの問題に関わっているわけにはいかないだろう。 

 平和な日本を演出している間に、米中貿易戦争が始まったが、それほど悲壮感がなくアメリカ株式が急反発した。それに影響されたのか、或いは今日の証人喚問が評価されたのかは分からないが、今日の日経平均株価終値は対前日比550円高だった。

 経済面ばかりでなく政治的にもアメリカは、突然ロシア外交官60人を国外追放の挙に出た。先日イギリスのメイ首相がイギリス国内で元ロシア人スパイ父娘が暗殺されかけたことに対して、ロシア外交官23人の国外退去を求めたばかりである。アメリカの対応はこれに呼応したもので、他のEU諸国や豪州など24カ国も同調してロシア外交官140人を追放するという。これに対して当然ロシア政府は報復措置をとると表明した。この問題の行き着くところは?である。

 さて昨日の話の続きである。文章は長過ぎてはいけないと昨日の朝日連載小説「玉宝」の長文について書いたが、今朝の「玉宝」1回分はたったの5文節からなっていた。267+206+158+112+94=837文字から成る文章が、5文節で構成されていた。1文節が平均167文字で、これではいかにも長すぎる。やはり1文節が長すぎて読むのに息が切れ疲れる。こういう小説のスタイルが良いのだろうか。

2018年3月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3969.2018年3月26日(月) 文章(文節)は長過ぎてはいけない。

 「しかしこの身内にしか見せない陽気さがなかなか世間に伝わりませんので、良くも悪くもその印象が喜久雄を取っつきにくい男に見せているのですが、さすがに同じ釜の飯を食う役者や関係者には、日々の付き合いのなかでその陽気さが伝わりますので、そんな世間の評判に対しまして首を傾げる者も多かったのですが、俊介が亡くなったあとくらいからでございましょうか、昔、徳次がいたころのような笑い声が、喜久雄の楽屋から聞こえてくることもなくなりまして、その代わり、俊介亡きあとの歌舞伎界をなんとか盛り返そうと、人一倍奮闘する喜久雄は少し空回り気味で、ふと気がつけば、以前のように後輩役者たちが気軽に喜久雄の楽屋へ顔を見せ、                      

『三代目の小父さん、飲みに連れてってくださいよ』

 などと甘えられることもなくなっていたのでございます。」

 唐突だが、これは今朝の朝日新聞連載小説、吉田修一著「玉宝(こくほう)」の後半1/3ほどの文章である。何と息が切れる長い文章だろうか。とても一気には読めない。関西歌舞伎の主役の気持ちを描写した一部であるが、いくら吉田氏が名を知られている作家であるにせよ文章としてはこの一文節は少々長すぎるのではないだろうか。

 文章の長さについて作文に関する著作からだと思うが、大分前に文章は長くならないように、一文節は精々150文字まで、長くても最大限200文字以内に収めるべきだと書いてあったように記憶している。爾来肝に銘じているつもりだが、この吉田氏の一文はあまりにも長いのではないかと思う。約350文字もある。何年か前に吉田氏は「悪人」という作品を日経夕刊に連載したことがあったが、ストーリーが分かり難く面白くもなく途中で読むのを止めてしまったことがある。それが単行本として発行され結構売れたと知り、そんなものかと思ったことがある。

 この作品読み続けているが、それほど興味深いわけではない。ただ、歌舞伎界舞台にした登場人物の設営が面白く何とか読んでいるが、これも間もなく最終回を迎えるようだ。

 以前加賀乙彦氏からタイトルは短い方が良いと直接アドバイス頂いたことがあるが、文章だって同じことだと思う。それにしても冒頭の文章は何度読んでも息が切れる。

 さて、昨日八が岳の阿弥陀岳を登攀中の関西の男女7人グループが全員滑落し、3人が死亡し4人が重軽傷を負った。全員がザイルで身体を結びお互いに安全を確保していた筈であるが、先頭を歩いていた人が滑落したのに伴い、全員が墜落したようだ。1人滑落しても他の仲間が助けるのがザイルを使用する目的だが、あっという間に引きずられて300m墜落したようだ。

 八が岳には、学生時代から阿弥陀岳、赤岳、権現岳を始めとして何度も登っているが、3月は北八が岳の高見石でぶらぶらした程度だ。日本アルプスとは異なり独立峰のような存在だが、上りやすい山で、ある程度登山に親しんだ人はほとんど挑戦したのではないだろうか。ちょっと残念な遭難事故である。

2018年3月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3968.2018年3月25日(日) 「ビルマの竪琴」を懐かしく鑑賞

 先日映画「ビルマの竪琴」がテレビで放映されたので、録画して今日ゆっくり鑑賞した。竹山道雄著「ビルマの竪琴」は、元々子供向きに書かれた作品だが、市川昆監督、和田夏十脚本のコンビで2度も映画化されたほど大人の胸をも打つ傑作である。第2次世界大戦末期から終戦直後のビルマ・ムドンの日本人捕虜収容所を舞台にしてビルマの僧侶になった日本人兵・水島上等兵井上隊長以下の兵隊仲間との交流と友情を描いた心温まる作品である。終戦後間もない昭和24年に発表された時代制もあり、意外にも旧制一高教授だった竹山はビルマを訪れることもなく、ビルマ僧侶ビルマに関する格別な知識もなしにペンを執ったので、肝心な点で見落としや間違いが見られる

 僧侶には竪琴のような楽器を奏でて楽しむことは、敬虔な仏教徒の国ビルマではとても考えられず、私自身この点をビルマで現地の人から指摘されたこともあるくらいである。1956年に制作された最初の作品は映画館で観た。安井昌二が「水島上等兵」を演じラングーンのシュエタゴン・パゴダ境内で軍靴を履いて走っていたが、どこのパゴダも土足は禁じられていて一度でも訪れた人には分かることである。

 今日観たのは、1985年版で水島上等兵は中井貴一、井上隊長は石坂浩二が演じていた。いずれも全編を通して♪埴生の宿♪が度々聞かれてほのぼのとした心境になる。ただ、作者が同じで、映画自体も監督、脚本とも同一人物であるにも拘らず、ストーリーの重点的な取り上げ方と水島と他の日本人軍人への力点の置き方が少々異なる。尤もそれ故に同じ作品を同じ人が2度までも作ったということだろう。

 私にはビルマに対して格別な思い出と同時にノスタルジアがあるので、ビルマについては他の旅行番組でも好んで鑑賞するようにしている。映像に写る山川の景色や、パゴダ、ビルマ人の笑顔、人々の生活模様がとても印象深く、興味が尽きない

 今ビルマは、第2次世界大戦中イギリスが強制移住させたイスラム系ロヒンギャの難民問題で、問題を起こした仕掛け人のイギリスが何らのお仕置きも受けずに理不尽にも彼らを受け入れさせられたビルマが国際社会から非難され、国家顧問のアウンサン・スーチーさんも苦しい立場に追い込まれている。そのスーチーさんの側近だったティン・チョー大統領が健康上の理由で辞任した。スーチーさんにとっては痛手だと思う。

 イギリスも、国際社会もビルマを責めることばかりで一向に救いの手を差し伸べようとしない現状では、ビルマの近未来もあまり明るいものとは言えないのが、ビルマ・シンパとしては悲しいことである。

 今日大相撲春場所が千秋楽を迎え、横綱鶴竜が13勝2敗で8場所ぶり4度目の優勝を飾った。京都市立中学卒業の1954年の今日、中学の同級生と春場所千秋楽を観戦に大阪府立体育館ったことを思い出す。大関三根山が12勝3敗で初優勝を果たしその後に優勝パレードの追っかけをやって三根山と握手したことを懐かしく思い出す。その直後に京都から藤沢市へ引っ越して、ここで高校へ入学した。今から64年も前のことであるが、つい懐かしく思い出してしまった。

2018年3月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3967.2018年3月24日(土) 難しくなった同盟国との外交

 昨日のトランプ大統領の対中関税制裁措置発表により、中国が報復措置を取ると公表したことでいよいよ貿易戦争の火ぶたが切られそうだ。カナダ、メキシコ、EU、韓国などが対象国から除外された一方で、今まで親密な同盟国としてアメリカに従ってきた日本は、制裁対象国と見做され、重い関税を課せられることになった。

 梯子を外されたとか、袖にされたとか、恨み節が聞かれるようだが、外務大臣を始め外務省、及び経産省などの対米交渉の当事者がしっかりアメリカと話し合っていなかったというしかない。日本はアメリカを信頼し過ぎて裏切られたということを肝に銘じて、これからはアメリカに対して言うべきことはどんどん言い、聞けない話にはノーと言える毅然とした論理と姿勢が大事なのではないだろうか。それでなければ、また同じような煮え湯を飲まされることになる。

 アメリカの裏切りには、許せないものがあるが、今後はふんどしを締め直し、甘い顔をしないで本当の意味の日米対等の同盟関係を改めて構築すべきである。

 それにしてもお坊ちゃん安倍首相は、あの裏切り者のトランプの口車に乗せられ、好い気になって一緒にゴルフをプレイして悦に入っていたが、やはり一枚上手のしたたか者・トランプ大統領に出し抜かれたのだ。

 さて、お隣の韓国では、李明博・元大統領が大統領在任中の収賄、職権乱用などの疑いで逮捕された。昨年3月には朴槿恵・前大統領が逮捕されたばかりである。同じように逮捕された元・前大統領はこれで4人目であり、そのうち私よりも10歳も若かった盧武鉉氏は自らの命まで絶っている。どうして一国の最高権力者だった人物がこうも次々と逮捕、収監されるような惨めな事態になるのだろうか。韓国の世論調査によれば、法による厳正な処罰を求めるとして、「汚職と不正腐敗にまみれた過去9年が明らかに幕を下ろした」と歓迎の報道をしているようだが、彼らを選んだのは韓国国民であり、彼ら自身にも大きな責任があるのではないか。移ろいやすい国民の気持ちが、果たしていつも正しいとは必ずしも言えないが、後追いのように正義が前面に出されて、その一方では常に国民世論が最大に評価されるというのは如何なものかと思う。

 それは今日の日韓関係でも取沙汰されているように、日韓政府の合意を国内世論に押されて韓国政府が踏みにじるが如き振舞いは、外交場面では国際的に通用しない。日韓両国間の相互協定を反故にして自説をゴリ押しする行動によく表れている。中国、ロシア、北朝鮮に劣らず、隣国韓国との付き合いも難しくなってきた。

2018年3月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com