朝日朝刊に夏目漱石の「門」復刻版が連載されている。そして今日「漱石の世界」と題する特集別紙8頁(広告込み)が付録として届けられた。漱石と言えば、近代日本文豪の中でも最高レベルの作家であり、小学5年の時、母親から勧められて初めて「坊ちゃん」を読んでから虜になり、すっかり漱石ファンとなった。
昨年来漱石作品を朝刊紙上に次々と復刻連載して、私も漱石初版本時代の雰囲気に浸りながら改めて読み直しているが、いくつか新しい事実を知った。漱石は東大で教えていて教授一歩手前で請われて朝日新聞社へ入社した。40歳で途中入社とは言え、「坊ちゃん」「吾輩は猫である」等を世に出し作家としてすでに地歩を確立していたので、当然ながら雇用条件は一般の中途入社社員とは大きな差があった。入社後、「虞美人草」「三四郎」「それから」「門」「彼岸過迄」「行人」「心」「道草」等々の大作を次々と発表した。朝日としては大いに元を取ったのではないかと想像している。そして、平成の今日また復刻版を連載して、朝日は漱石の恩恵に浴し続けている。正に漱石様々ではないだろうか。比較的自由な新聞社勤めだったようで、朝日の人使いが荒かったとは思えないが、入社9年後の大正5(1916)年漱石は、「明暗」を未完成のまま49歳で他界した。
その漱石が「朝日新聞社の読者へ」というメッセージを残している。全社傲慢体質の朝日に対してではなく、読者個人個人に宛てたものである。
「~自分の作物を読んでくれる人は何人あるか知らないが、その何人かの大部分は恐らく文壇の裏通りも露地も覗いた経験はあるまい。全くただの人間として大自然の空気を真率に呼吸しつつ穏当に生息しているだけだろうと思う。自分はこれらの教育あるかつ尋常なる士人の前にわが作物を公にし得る自分を幸福と信じている」と記している。漱石は読者に感謝し、自分の作品を読んでもらえることを無上の幸せと思っていた。それほど読者を何物にも代えがたい存在と考えていた。近年の朝日新聞が驕り高ぶり、読者を軽視した態度を取っているのとは大きな違いである。元雇用主の朝日も文豪・夏目漱石を見習って、もう少し謙虚になっては如何であろうか。