このほどユネスコの「世界記憶遺産」に、日本から2つの貴重な資料が登録されることになった。いずれも京都府内にある舞鶴引揚記念館に所蔵されている「シベリア抑留・引き揚げの資料」と、世界遺産・東寺が伝えてきた「東寺百合文書」である。
シベリアについては、遺骨収集業務の下見調査のため1992年にチタ、ハバロフスク、イルクーツク等の日本人抑留者流刑地を訪れ、寂しい荒野における厳しい環境と気候を実感し、抑留者の辛い気持ちと厳しかった拘留生活を慮ったものである。東寺は近くの平安中学2年在学中に度々遊びに出かけた。その意味では記憶遺産と直接関係があったわけではなく、触れることもなかったが、2つともまったく縁がないというわけではない。
それらの文化的財産が世界的に認められ、価値のある記録として残されることは素晴らしいことであると考えている。併せてこれらの遺産と同時に中国・南京にある南京博物館に保管されていた旧日本軍による「南京大虐殺の記録」も登録されることになった。これについては、中国の登録申請が明らかになった時点で日本政府は、日中間で様々な見解の違いがあり、申請資料は中国の一方的な主張に基づいているとして懸念を表明してきた。最大の問題は、日中双方が主張する虐殺された南京市民の数である。日本政府は、行為があったこと自体は否定出来ないと認めているが、犠牲者数は認定出来ないとの立場である。一方中国側の言い分は、犠牲者数を30万人以上と記した南京軍事法廷の判決書に準拠している。
どちらの主張も正確な数字に確たる証拠はないというのが実態である。中国には、戦後アメリカ政府が原爆投下による日本人死者の数を大きく報道されないために、中国が南京事件の犠牲者の数を上積みしたことに目をつぶっていたと言う説もあるくらいである。
先ごろ経営委員を辞めた作家・百田尚樹氏を安倍首相に媚を売る放言家としてあまり信用していないが、その名の通り氏の近著「大放言」によると、1937年旧日本軍が南京占領した当時の南京の人口は20万人で、それは資料として残っているという。それにも拘わらず虐殺された市民が30万人もいたというのは理解出来ないという。しかも、中国側が当初主張していた犠牲者の数はもっと少なかった。それがいつの間にか30万人以上という考えられない数になったという。この点については、確かにもっと精査する必要があるような気がしている。
ところが、これとは別の問題が派生しつつあるのが気になる。それは、中国の南京虐殺の資料が登録されたことに対して、菅官房長官が不満の意を表し、あまつさえユネスコを非難したうえで、日本からユネスコへの拠出金を取り止めることも検討するという短絡的な考えを世界へ向けて公表したことである。自分たちにとって不本意であるとの思いだけで、これまでユネスコに協力し、拠出金もアメリカに次いで多い資金を一刀両断の下に切り捨てようと言うのは、いかにも狭量で世界中の物笑いの種に成りかねない。実際イギリスのメディア辺りから早くも批判的なコメントが出されている。
国内からも良識的な意見として、登録承認と資金拠出は別次元の話ではないかとか、資金拠出凍結をするようでは文化国家とは言えないとごく当然の意見が出ている。政治家というのは、いつまで経っても世間知らずのまま未熟で成長しないものだと改めて知らされることになった。国のスポークスマンである官房長官には、もう少し理性的であってもらいたい。
さて、高尚なディナー招待券をいただき、今夜は妻ともどもさるレストランへ出かけた。自宅近辺のバス停から東京駅南口行の都バスで一直線である。向かった先は丸ビル36階にある三つ星イタリア・レストラン「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」で、ミラノに本店を置く高級レストランである。店の名前も初めて聞くものでやや長たらしく、とても一度には頭に入らない。スリランカの首都スリ・ジャヤワルダナ・ブラ・コッテや、オランダ水泳界のヒーロー、ピーター・ファンデン・ホーヘンバンドと同じ類である。
しかし、流石に三つ星レストランである。料理の見栄え、味、おもてなし、ムード、ロケーション、すべてに満点で、ひとつひとつじっくり味わうことが出来た。ボリューム的にも問題なく久しぶりに美味しいディナーを楽しむことが出来た。普段高級食を食べる機会はあまりないが、偶にはデラックスな食事も好いものだ。