50.2007年7月3日(火) ベトナム戦争の一断片

  筑紫哲也氏療養中のTBS「ニュース23」で、40年前毎日新聞サイゴン支局長と写真部員がベトコンに捕捉された事件をトピックにしていた。その当時彼らを捕らえたベトコンと40年ぶりに会うというシナリオに興味を持って見た。1967年の夏だから、私がサイゴンへ行った半年後のことだ。私も際どい体験をしたし、当時ベトナム反戦運動の絡みもあり、ベトナムには相当入れ込んでいたが、不思議にこの事件は記憶にない。その時彼らを捕らえたベトコン8人の内のひとりに実際に会うことが出来て、40年ぶりの再会と言って平和な光景を見せてはいたが、他の7人は死んだか、不明だという。周囲の土地の内半分は工場用地になった。いまベトナムへの投資が盛んで表面的には経済が潤っているように見えるが、米軍機の撒いた枯葉剤による後遺症で、いまも身体不自由児が生まれている。2人の語るベトナム戦争には、やはり臨場感がある。しかし、どうしても私にはこの事件が思い出せないと思っていたら、3時間後に解放されたとのことだったので、毎日新聞以外ではあまり報道されなかったからではないかと思う。       

 今日久間防衛大臣が辞職した。米軍が長崎に原爆投下したのはしようがないと思ったと発言したのが、こじれにこじれて収拾がつかなくなり、参議院選挙にマイナスと判断して職を辞することになった。自分の発言を心から悔いて辞職したのではない。所詮政治家なんてそんなものだ。

2007年7月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com