113.2007年9月4日(火) 瀬島龍三氏の功罪

 瀬島龍三氏が亡くなられた。戦後政財界でとかく話題になった人である。伊藤忠商事会長まで上りつめた人だから、日本経済の成功者とカリスマ的に崇める空気も根強い。中曽根首相時代には行財政改革に取り組み、当時の中曽根首相のブレーンとなった人であり、国鉄、電々公社、専売公社の分割民営化に貢献した人である。

 しかし、一方で関東軍参謀として戦前から終戦まで戦争と縁の深かった人でもあった。シベリアに11年間も抑留されていたこともカリスマ性を煽った。

 厚生省遺骨収集事業に関わっていたころ、日本遺族会の役員の方から瀬島氏の人となりをじっくり伺ったことがあったが、その頃からどうもこの人は、生き方において一般人とは違う考え方をする人だと思っていた。95歳で亡くなったのだから天寿を全うしたわけで、中曽根元首相がすぐ弔問にかけつけるほどの方であるが、一方で言を違える人も数多い。その筆頭は、太平洋戦争史に詳しい作家・半藤一利氏で、あれだけ戦争にかかわっていながら、自分の知っている戦争に関する歴史や、秘史を全く口外せず、真実をあの世へ持っていってしまったと極めて批判的である。鳥越俊太郎氏もそう言っていた。戦没者と遺族に対しても責任があると仰っている人もいた。

 私はこの人は戦争犯罪人だと思っている。私が生まれた昭和13年に陸大を首席で卒業し、以来陸軍の中枢部で作戦立案に関わっていた。つまり大東亜戦争を作戦面でリードしていた人である。もうこれは誰が何と言おうと戦争責任から逃れられない。しかも終戦の1ヶ月前に関東軍司令部へ配属され、ソ連と何か秘密事項を話し合っている。日本人シベリア抑留もソ連と瀬島氏との裏取引ではなかったかという識者もいるほどだ。極東軍事裁判でもソ連の証人になっていたとは、驚天動地の驚きである。何かが隠されている。瀬島氏は秘密を握りつぶしたまま逝ってしまった。ある面で戦争責任から逃げて、卑怯だと思う。

 関東軍参謀、伊藤忠元会長ということで、ヒーローのように扱っているが、こういう人が戦争を大きくし、犠牲者を多く生んだ原因を作ったのではないだろうか。騙されてはならないと思う。死者を鞭打つのではなく、もっと瀬島氏の功罪を追及し、はっきり検証すべきだと思う。

2007年9月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com