120.2007年9月11日(火) あれから6年

 あの忌まわしいニューヨークの9.11テロから丁度6年の月日が流れた。あの日は義母通夜だった。葬儀場の待合室のTVで実況生中継されるおぞましい事件を目の当たりにして、愕然とし、しばし呆気にとられたことを思い出す。いま国会で問題になっているテロ特措法も、このテロ事件が引き金になった。ブッシュ米大統領が「これは戦争だ!アメリカに対する挑戦だ!アメリカに仕掛けられた戦争だ!」とTVを通してアメリカ国民に興奮気味に訴えた。あれから6年が経過して、国際社会にはテロ撲滅のためなら有無を言わせぬ強引な手法さえ許され、世界は戦争の脅威に晒されているのが実態である。今日のTVニュースは、6年前を回顧する番組が目白押しだった。とりわけ異常だと感じたのは、ニューヨーク市警が国産テロリストと名づけ、イスラム教徒で35歳未満、犯罪歴なし等の移民をほとんどテロ準備罪みたいな形で身柄を拘束してしまうことだ。アメリカも疑心暗鬼のうちに相当病魔に冒されたと見え、自由な国だった筈が不自由な国へどんどん突き進んでいる。

 先日亡くなった小田実さんがテロから僅か10日後に、こういう声明を発信している。

 「アメリカ合州国政府は、声高に『報復』を叫ぶ。『戦争』への準備を着々と進めつつ、要人テロを認め、さらには『核』による攻撃も辞さないと脅しをかける。少し待て。今、『自爆』テロの野蛮に対して、戦争によって『報復』する-これは、はたして文明がなすべきことか。

 殺されれば殺す。暴力と逆流する暴力の、果てることがない連鎖の中に20世紀はあった。いや、これまでの人類の歴史はあった。仕返しの『私刑』はまた仕返しの『私刑』を生み、『報復』は互いの間で無限に続く。文明とは、この無意味な『連続』にとどめを刺そうとする人類の意思のことではないのか」(アメリカ合州国の「報復戦争」に対する声明より抜粋-良心的軍事拒否国家日本実現の会)

 今年4月交通事故で亡くなったアメリカの著名なジャーナリスト、デヴィッド・ハルバースタムが、生前このテロを予測していたという。当然CIAは、予測していて何らかの術を打つ筈であったが、先手を打たれたというのが本当のところだったらしい。日本では、佐藤優が彼独特の勘と、彼の人脈から得たインテリジェンスにより予測していたと彼の著書にはある。自慢話めくが、私もある程度予感した一人である。私の場合は、過去の海外における反米テロを時系列的に辿っていった後で、テロの1年半前実際にタリバンの巣窟近くの、アフガンとパキスタン国境・カイバル峠を訪れ、国境周辺部落に立ち並ぶ銃砲店の異常な繁盛振りを目の前にして、9.11テロとは確信出来ないものの、近いうちに大きな反米テロが引き起こされる兆候と可能性を感じ取った。その予感については、テロの翌月旅行業界のセミナーで講師を依頼された際に説明したことがある。

 こういう事件というのは、現場にその前兆らしい異様な空気が流れるもので、それをどうやって感じ取り、摘み取るかということが、一種の危機管理ではないかと思っている。つまり、何事も現場の臨場感に敏感であるか、そうでないかによって、場合によっては事故や事件を未然に防ぐことが出来ると思っている。私が時折講師として話す「旅のリスク・マネジメント」ではしばしばこの例を取り上げる。

 それにしてももう6年か。一向に世の中は落ち着かないなあ。

2007年9月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com