1980年12月、茨城県教育視察団でヨーロッパの教育施設を見学した18名からなる「チボリ会」が、鹿嶋市で開かれた。毎年一回開かれる。出席者は私を含めて9人。午後車で出かけたが、自宅から120kmで丁度2時間、それほど遠い気がしない。あれから27年が経った。あの視察団では、マルセイユとローマで学校訪問を行ったほかに、マドリードとパリを観光して、視察と観光の両面で印象に残る視察団だった。マルセイユ滞在中にビートルズのジョン・レノンが亡くなったことがショックで、いまでも鮮烈に覚えている。この団もすでに2人の先生が亡くなられた。幸い団長の海野千秀先生が元気になられたのが嬉しい。
夕食前に鹿島神宮参拝が予定されており、過去において茨城県の仕事も何度かお世話させてもらったが、仕事の都合上時間が取れず、実際に鹿島神宮に参拝したことはなかった。神宮はホテルのすぐ近くで、剣豪塚原ト伝の記念碑に立ち寄ってから歩いて参道へ出た。幹事で土地に詳しい小橋隆三先生が先導して案内役を務めてくれた。小橋先生は、3月まで鉾田市助役を務めておられたが、かっては国語の先生だっただけに、鹿島神宮に因む故事来歴、芭蕉の俳句等すべてに詳しい。日が落ちて薄暗く、参拝客も少なくなって何となく寂しい感じだが、社を包む全体の荘厳な感じがやはりどことなく神々しい。鹿島の森が鬱蒼として、参道を奥へ進むと静寂の中にひんやりとした冷気のようなものを感じる。大鳥居から、楼門、そして右横に拝殿と本殿、御神木がある。さらに奥参道を歩いていくと、やはり右手に白木の奥宮がある。その昔大神が天降った「要石」という鯰の頭を抑えた伝説の石を、真っ暗な中で見学した。御手洗池を訪れ、参道に面した食事場所へ戻ってきた。ここ鹿島は鯰料理が知られているらしいが、謂れはこの「要石」にある。案の定、夕食に鯰の唐揚げが供された。
いままで出雲大社、伊勢神宮、厳島神社、明治神宮、阿夫利神社、平安神宮、靖国神社等の大きな神社を訪れているが、この鹿島神宮は鹿島ならではの大鳥居があり、極めて個性的である。格式の高さもあるのかも知れない。しかし、特定の日でなかったとは言え、参拝客が少ない気がしてやや寂れた感じがしたのは、思い過ごしであろうか。とにかく「チボリ会」のおかげで旧官幣大社を見学出来てラッキーだった。
夕食は参加者が思い思いに近況を話して、大変盛り上がったが、今日最高にヒートアップしたのは、吉成貢先生の「吹き矢」について語ってくれた薀蓄だった。来年は土浦で開催しようという話になったようだが、旅行で同じ釜の飯を食った人たちと、いつまでもこのような友好的な関係の集まりを続けていければと願う。