6229.2024年6月2日(日) また、ひとり逝ってしまった。寂しい。

 昨日母校である高校の元校長からメールでひとりの高校先輩の訃報が送られてきた。先月親しかった会社の先輩が亡くなられたばかりである。引き続き悲しみの大きいショックである。この高校先輩については、これまで10年近くの間1年に2~3回のペースで、同じ高校同級生、及び同じく同級生の兄に私を交えて4人で会食を楽しんできた。生憎コロナ渦により中止していたところへ漸くコロナも落ち着いたので、昨年3月先輩の自宅に近い横浜市内の中華街でお会いした。その前に奥様に大分認知症的症状が表れたので、近くの設備の行き届いた介護施設に預けて独り暮らしであると言っておられた。気になったのは、そういうご本人が杖を突き、コルセットを身体に巻き窮屈そうに歩いていたことだった。この時の食事会が結局今生のお別れとなってしまった。その後先輩も奥様と同じ介護施設に入られ、回復に努めておられたようだった。

 こうして4人で定期的な会食を楽しんでいたのだが、3人は互いに高校の同級生であり、私は彼らの1年後輩である。先月21日半年ぶりの会食では、体調がまだ回復していない先輩は参加出来なかった。3人で先輩の健康を気遣いながら、次回こそ4人揃って会えると好いねと話し合ったばかりである。ところが、元校長からいただいたメールによると、先月12日に亡くなられたと記されていた。先輩のご回復を祈り、次回こそは4人で食事をともに出来ればと願ったにも拘らず、すでにその9日前に冥界に旅立たれ、その前日には家族葬も行われていたのである。

 タフだった仕事からは解放され悠々自適の我々高齢者にとって、心を許した昔の友人と定期的に会って食事をしながら元気だった若かりし頃を想いながら他愛ない会話をすることこそ、楽しい生きがいのようなものである。そういう仲間がひとり去り、ふたり去って少しずつ寂しくなる。残された3人で彼を想いながら、また会って時を過ごし悔いのない余生を送りたいものである。先輩は享年86歳だった。 合掌

 さて、国内外であまりパッとしない情報が多い中で、明るいニュースとして天皇の名代として常陸宮家の次女佳子さまが、日本とギリシャの国交125年を迎えたギリシャを訪問され、昨日帰国された。

 アテネのパルテノン神殿を訪れた時、ギリシャのカラーである青と白をアレンジした服装を着こなされたセンスなどについて現地で称賛の声が多かったという。ギリシャには、「フィロクセノス」という一言で「外国人好き」というギリシャ語特有の言葉があるほど、外国人をもてなすお国柄である。幸い2004年アテネ・オリンピックの前年にこの言葉についてエッセイを書いたところ、僭越だが、「ギリシャ政府観光局長エッセイ賞」に入賞したことがある。それだけに私自身もギリシャへの想いが強く、佳子さまがテレビで報道される度に関心を持って観ていた。

 佳子さまに「天性の気品と品性が感じられる」など大分好意的に報道されていると思っていた。ところが海外のニュースの取り上げ方について、大分意地の悪いコメントがネット上に溢れている。

 中でも、「日本人が東洋のダイアナと呼んでいる」と伝えられたことに「提灯記事も大概にせよ」とか、「東洋のダイアナとは初耳。日本では誰も言っていない」、「どこぞの若くして事故で亡くなられた元皇太子妃のことではないよね?」等々、嫌がらせや、皮肉っぽいコメントが載っている。

 最近あまりにもネットで本人の知らぬ間に自由気ままにコメントをアップして嫌がらせたり、疑似広告で著名人を揶揄したり欺いたり、かなりSYSによる悪質な発信が、訴訟沙汰にもなっている。自由が規制されないことは、悪いことではないが、これを悪用し、他人を中傷したり、人間性や権利まで侵害するような行動になっては、少し行き過ぎだと思う。

2024年6月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com