5717.2023年4月16日(日) 「させていただく」という不遜な言い方

 「させていただく」という用法に関する記事が、昨日の朝日朝刊別紙「be」に取り上げられていて、ふと学生時代の場面を想い出した。記者(高橋美佐子氏)が、漫画「サザエさん」のカツオの言葉から話題にしたものだ。今ではこの「~させていただく」という表現は、ごく当たり前のように丁寧語?として受け取られており、椎名美智・法政大教授によればこの言葉が漫画に使われた1969年には「このセリフ、当時は非常に珍しい上、とんでもなく丁寧な言い方」と解説し、加えて「今なら全く違和感がないし、敬意のインフレーション」とコメントしているくらいである。だが、私には椎名教授の説明には違和感を抱かざるを得ない。

 椎名教授が取り上げた年代より前の1961~2年ごろ、当時マルクス経済学者で社会党の思想的バックボーンだった売れっ子の論客向坂逸郎氏が、法政大学で公開講義を行った折に偶々聴講する機会があった。その時向坂氏は、丁寧語のつもりで「させていただく」と言う人がいるが、これは丁寧語ではなく、むしろ話し手が相手の気持ちを斟酌せずに、一方的に「させていただく」と押し付けた不遜な表現であり、これは「したい」とか、「したいと思う」と言うべきであると言われたことを思い出した。その時私も素直になるほど向坂氏の言う通りだと納得し、爾来こういう表現を使用しないよう気を付けていた。それが半世紀以上も経つといつの間にやら「~させていただく」は、丁寧語として普通に使用されている。むしろ今では話し言葉として定着しているというから分からないものだ。

 まだ若い椎名教授は丁寧語だと割り切ってあまり疑念を抱いておられないようだが、私は今以て向坂氏の考え方の方が論理的であり、教授のように丁寧語であるとは考えていない。やや不遜な用法が、丁寧語と受け取られ、普遍化するなら社会も次第に傲慢な世の中になっていくのではないかと憂うる。

 私には次のような経験がある。間違った言葉の使い方の例として、一番多用されている「有難うございました」について、NHKともやり合ったことがある。「有難うございました」は間違いで、正しくは「有難うございます」である。これは「有難う」という感謝を表す言葉に丁寧語の「ございます」を付けただけの表現で、その丁寧語がどうして「ございました」と変化してしまったのか。過去のことを話したので、過去形に変えたとしか考えられないが、元々「ございます」は動詞ではなく、時制の変化なんてあり得よう筈がない。この点について、間違った「有難うございました」を乱発するNHKに対して2003年と05年にNHKに照会し、当時アナウンス部担当部長に質問したところ、文法的には間違いかも知れないが一般的に使われているので、間違いだと断定することは出来ないというような釈然としない考えを話された。そこで再三話し合ってNHKが言葉を乱していると詰問した結果、私の意見を受け入れ今後アナウンサーには「ございます」と言うように指導すると言ってくれた。やれやれと思ってその経緯をNPO誌に2度寄稿した。

 しかし、アナウンサーも最初の内は約束通り「有難うございます」と正しい表現をされていたが、月日が経つにつれて、間違いの「有難うございました」に戻ってしまった。まったく元の木阿弥である。

 事程左様にやはり長年の習慣というか、クセというものは間違いと思っていてもつい「覆水盆に戻らず」ではなく、「覆水盆に戻る」である。NHKのようなある面で話すことをリードしている公共放送ですら、丁寧とか、謙虚という言葉がよく分かっていないような印象を受けた。

2023年4月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com