NHK・BSで「幻の山カカボラジ アジア最後の秘境を行く」という2時間のドキュメンタリー番組が2015年に放映され、それが去る5日に再放送された。タイトルに何となく興味を覚えたので録画して今日じっくり観た。中々興味深いミヤンマーの幻の山とその登山行である。こんな神秘的な山がミヤンマーにあるとはあまり知られていないと思うが、ミヤンマー最高峰という海抜(5,881m)もさることながら、その位置が未踏の秘境である中国とインドに挟まれた山深い国境の地にあり、山麓までのアプローチが長く頂上を極めたのはこれまで日本人登山家の尾崎隆だけしかいない。番組では3人の日本人登山家がそのミヤンマー最高峰の登攀を目指して約4週間に亙り苦闘した。頂上を目前にして登頂を諦め引き返すことになったが、その精一杯の行動を追ったドキュメントである。映し出される登山ルートとして、前半は蛭や毒蛇が潜んでいる深いジャングルを抜け、一瞬視界が開ける4000mの高地ベースキャンプ、そして最後の雪と雲の中に人を寄せ付けようとしない険しい頂上へのアプローチなどは、登山に興味を持つ者にとっては見逃せないドキュメンタリーだった。
そして偶然というべきか、この番組が最初に放映された2015年に、その年の「NATIONAL GEOGRAPHIC」9月号が「ミヤンマー『伝説の最高峰』カカボラジ」と題する、同じようなテーマの特集を掲載していたことに一段と興味を抱いた。ここでも男女5人の登山家が、一足先に現地入りした日本隊同様に頂上を目の前に登頂を諦めることになった。そして日本隊と行き交うことにもなった。TVで紹介される登山本来の映像にも増して、途中のミヤンマー人集落の風俗なども興味を惹く。タロン族住人は今や3人しか残っていない。彼らは皆小柄で、たった1人の成人男性の身長は僅か130㎝しかない。その彼らがポーターとして荷揚げを手伝ってくれた。実は、ちょうどこの時期に山頂へ向かったミヤンマー人登山家2人が遭難し、その救助活動をしていたヘリも墜落して3人が亡くなった。そのために多くの住民が狩り出され、日本隊は思うようにポーターを雇えなかった。
とにかく謎の多い山だが、地元民の山への敬い方も並みではない。もうひとつミヤンマーにはガムランラジと呼ぶ高峰がある。カカボラジより高いという話があったが、地元ではそんな筈はないと一笑に付された。どちらが高いか正確には分からないが、最近のGPSによる調査によると、ガムランラジは5834mでカカボラジの方が47m高いということが分り、地元民を安心させたようだ。
30頁に亙るナショグラ誌には、迫真的な写真に地図も添えられている。登山とは、天候に恵まれ多くの人たちの協力を得て、なお緻密な計算と体力が欠かせない厳しさを力強く求められる。私も膝を痛める前までは学生時代から会社でも登山クラブに所属して、日本アルプスをはじ3,000m級の山々を数多く制覇してきたが、改めて登山の難しさと奥深さを知った次第である。30年ほど前に大学の登山クラブの後輩で、息子たちの家庭教師をしてくれたT君が、厳しい岩登りが好きでカラコルムで遭難し若くして亡くなった。カカボラジなんか知っていれば、トライしたかもしれないと思うと不憫でならない。登山とは、知れば知るほど奥深い谷底へ吸い込まれるが如く、迷いながらも、自力で明かりを探って出口を見つけ知をも得るものだと思っている。テレビも雑誌も中々魅力的だった。実に観ても面白く読んでも興味をそそり、まさに知の源泉でもある。