どうも悪い予感がしていた。それがズバリ当たってしまった。5年に1度国連本部で開かれる核軍縮、核不拡散、原子力の3本柱で平和利用を目指す核不拡散条約(NPT)の再検討会議が、最終文書の合意を得られないまま閉会となってしまったのだ。ウクライナ侵攻でロシアが核の使用を仄めかし、不穏な空気の中で開かれた全体会合は、4週間も費やした。その挙句にロシアの反対で最終文書を採択出来ず、何ら収穫もないまま会議は閉会となった。前回2015年の会合でも中東の非核地帯構想を巡って交渉が決裂し、最終文書を採択出来なかった。今回は当初の予定より2年遅れて開かれたが、またも何の成果も得られなかった。これで半世紀以上に亘って核戦争のない世界に寄与してきたNPTへの信頼まで揺らぐ事態となってしまった。1970年に発足したNPTには191か国もの国々が加盟している。そんな多数国の合意文書をロシア1国の身勝手な都合で合意出来なくなってしまったのだ。最後にはロシアがやや受け入れやすい文書に修正して、同じ核保有国の中国がロシアに説得を試みたが、ロシアはそれに応じなかった。
そもそも本会議は大雑把に言えば、核軍縮を核保有国が漸進的に進め、将来的には核のない世界を作ることが目標である。それが今回核保有国、特にロシアの身勝手な主張でむしろ後退する結果となった。当然非核保有国からは不満が噴き出ている。また、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のフィン事務総長は、失望と同時にこれはロシアだけの問題ではないとも語った。積極的に動かない他の核保有国への不満であろう。ウクライナ戦線に光が見えない中で、核について前向きな意見が出にくい状況にあると言える。
ところで日本は世界で唯一の被爆国という立場上国内外から、NPTに向けてより積極的な行動を取るべきだとの声が強いが、日本政府はアメリカの核の傘の下にあるとの立場から、これまで核保有国と非核保有国の架け橋になるとの抽象的な発言をしただけである。今回の会議に岸田首相は日本の首相として初めてオンラインで参加したが、「核なき世界」を掲げる被爆地・広島の出身である首相が、反って出鼻をくじかれた形となった。
いずれにせよ、核軍縮への期待は当分の間消えてしまった。当面ウクライナのザボリーシャ原発に対するロシア軍の攻撃中止を祈ることしかない。このままではいずれ核戦争の危険が増すばかりである。この切羽詰まった事態を核保有国、特にロシアは本心ではどう思っているのだろうか。世界中の人びとを核の危機で怯えさせ、核を持たない国の人びとがこれを何とか止めさせようと躍起になっている。だが、核保有国のロシアは、そんなことは歯牙にもかけない素振りである。一説によるとロシアの狙いは、ロシア国内に政府の強硬姿勢を示すことによって国民の政府への信頼感を高めることが出来るとの思惑があるようである。ロシアにとっては世界の危険除去より、自国民からの信頼、忠誠の方が重要なのだろう。
当然ながら被爆地、広島と長崎でも落胆が広がった。11月に広島で開かれる「国際賢人会議」、更に来年5月に同じ広島で主要7か国首脳会議(G7サミット)を主催する岸田首相としては難しい立場に立たされることになった。