5321.2021年12月6日(月) 昭和天皇の戦争観と中国式「民主主義」

 太平洋戦争開戦日を目前に控えているせいか、このところメディアで太平洋戦争関連のニュースや、ドキュメンタリー番組が目立って放映されるようになった。それらの中で意外だったのは、昭和天皇の戦争へ前のめりのスタンスだった。それは、昨日付朝日朝刊に掲載された「昭和天皇 開戦『覚悟』の秋」と題された百武三郎侍従長の日記から伺い知ることが出来る。

 これまでは、天皇は軍部の開戦論に対して反対されていたと一般に伝えられていたと思う。だが、今年になって侍従長の遺族から東大に寄託された百武日記によると、開戦直前に開戦を前提に戦争終結策を思案したり、開戦後は戦果に満足し積極的な作戦を求めたり、戦争に前向きな姿勢を示した時期もあったようだ。時には、天皇の気持ちが先行する様子を懸念した木戸幸一内務大臣が、ときどき先行するのをお引止めしていたとの表現が見られる。昭和16年9月ごろまでは、開戦に慎重だったと受け取られている。しかし、徐々に開戦消極から容認へ気持ちが傾いていったのには、「早期開戦論を抑え、外交を尽くすべきだ」と説く有力な後ろ盾を欠いていたからでもあった。スタンスが変わりつつあったのは、海軍の作戦・指揮のトップだった海軍軍令部総長を長年務めた伏見宮博恭元帥の存在が大きかったようだ。伏見宮は昭和天皇より年長で、日ロ戦争で実戦経験を有し、天皇と直接面談した際「開戦しないと陸軍に反乱がおきる」とまで述べて天皇に開戦を迫ったことが、天皇が開戦を決断する大きな原因になったと、日本近現代史の権威・加藤陽子東大教授は推察している。一度にテレビ・ドキュメンタリーを観られないので、いくつか録画しているが、改めてじっくり観てみたいと考えている。

 さて、このところ米中対立がエスカレートしている。中国が行った人権抑圧と覇権国家的行動が、それまでの経済的対立は別にして、政治的な対立を一層激化させることになった。アメリカのバイデン大統領は、中国を「専制主義国家」と決めつけ、中国政府を非難したことが火に油を注いだ。これに対して一昨日中国政府は、自国を「質の高い民主主義を実践」してきたと主張する新たな白書を公表した。この中で、中国は中国式民主主義を創造したとか、民主主義は多様なものであり国によって形態が異なり、国が民主的かどうかは、その国の国民が判断することであり、外が口を挟むことではないと反論している。この反論は、中国の後ろめたさの裏返しだと思う。中国は自国民に判断させるような包容力がなく、強圧的に自国民の自由を抑圧する一方だからである。その最たる証しが、国民の意見を汲み取る気がなく、自由選挙を認めず、すべて共産党の思い通りに上位下達の政治を行っていることでも明らかである。

 この辺りに中国政府の狭量な視点があり、真実を捉えていないひとりよがりな考えが読み取れる。中国政府には誤解と物事の読み違いが多過ぎ、それを他に押し付けるきらいがある。

 新疆ウィグル族への人権抑圧、香港1国2制度の破壊、南シナ海侵略と人工島建設、自由投票制度の不履行、報道の不自由、義務教育での中国語以外の禁止、など、挙げたらキリがないほど中国が非民主主義国家でないことは歴然としている。そもそも中国が「民主主義国家」とか、「社会主義国家」と唱えること自体ナンセンスである。まったくそのいずれとも対極にあるからである。

   思い上がっている中国は、自国の行動を反省することなく、恐らくこのまま突き進むだろう。当分の間米中の対立が融解しそうもないことは、何ともしようがないが、実に残念である。

2021年12月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com