5019.2021年2月7日(日) 「知的生産の技術研究会」も近々終焉か。

 民俗学者で国立民俗学博物館初代館長でもあった梅棹忠夫・京都大学教授のベストセラー書『知的生産の技術』、『文明の生態史観』に触発され発展して、八木哲郎会長が梅棹教授の了解の下にNPO法人「知的生産の技術研究会」(略称:知研)を立ち上げたのが、ほぼ半世紀前だった。八木会長はその「知研」理事長を経た後、ずっと会長を務めておられるが、この半世紀間に果たされた知的活動は、何人も真似の出来ほど素晴らしい。年齢を忘れさせる八木会長ならではのエネルギッシュな活動ぶりには、深く敬意を払っている。私も「知研」会員になってあれこれ半世紀近くなり、何かとご指導いただいた。各地のセミナーやイベントにも参加した。

 とりわけ印象に残っているのは、2008年11月に韓国・利川市で開催された日韓米中の官民共催による国際的福祉シンポジウムに、八木会長の推薦により日本から唯ひとりパネリストとして参加したことと、東日本大震災の被災地・陸前高田市役所でその2年前に会長とともに図解講師を務めたが、その時お世話いただいた市役所職員が震災の犠牲になられたことである。

 実は、その会長が健康を損ねられたらしいと知ったのは、つい最近のことである。「知研」の定期機関紙『知研フォーラム』へ寄稿したところとんと音沙汰がなかった。昨日電話して漸く病状悪化で病の床に臥していたと知ったが、年齢的にも90歳近くで今後も無理は出来ない。八木会長は日頃の活動の他にもひとりで定期機関誌の編集・発行を行い、自らも著書を出版されて「知的生産」の普及活動に努めてこられた。

 しかし、高齢のせいもあり、「知研」創立50年を期して活動を止められるとの決意を伺った。創立時から続いた『知研フォーラム』も後2度の発行で終止符を打ちたいと仰っておられた。知的な活動も幅広く業務量も相当あるので、引き継ぐべき後継者もいない。残念であるが、八木会長のお気持ちを受け入れざるを得ない。冥界におられる梅棹先生にも八木会長のお気持ちはご理解いただけるものと思う。

 そこで残り2度の『知研フォーラム』の発行に当たり、私の気持ちとしてはその2つに拙稿を書き残したいと考え、先に送った拙稿『現代テレビ業界の課題と問題点』を先に発行する機関誌に、もうひとつは、いま世界の注目を集めているミヤンマーの軍クーデターとミヤンマーの国情などをテーマにこれから書いてみたいと考え、会長の了解をいただいたところである。

 それにしても僭越ながら敢えて言うなら、私の知的活動と知見は近年常に「知研」とともにあった。その母体が地平線に沈むと知って世の習いとは言いながら、強い寂寥感を覚えている。「知研」と八木会長にはサラリーマン時代よりも長くお世話になった。まだ数か月の間は、会長と会員の関係でいられるが、いずれお別れしなくてはならない。辛いことである。

2021年2月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com