4039.2018年6月4日(月) 昔懐かし加藤隼戦斗隊「六四会」

 今日6月4日、サラリーマン時代は毎年のように靖国神社にお参りしていた。決して現在国会議員が保守的思想から意図的に戦犯を崇拝するようなものとは異なり、一緒にお参りすることが当然の義理と考え、感謝の気持ちがあったからである。その義理とは、毎年6月4日に陸軍航空隊加藤隼戦斗隊戦友会「六四会」が靖国神社で開かれ、お世話になっていた戦友会の皆さんと加藤部隊戦没者を慰霊することはごく当然と考えたからである。「六四会」の永久幹事を務めておられた近くの三軒茶屋に住んでおられた西沢敏一さんには、仕事上随分顧客を紹介していただきお世話になった。特に同部隊のビルマへの慰霊団を企画して戦友の御霊を慰めたいと強く依頼され、当時まったく情報のなかったビルマへ体当たりで下見に出かけた。現地で難しい交渉をした結果、幸いツアーは成功を収めて、幸運にもその後各戦友会のビルマ方面の慰霊団を受注することが出来た。また、旧厚生省主宰の国家事業である太平洋戦争戦没者遺骨収集事業を長年に亘って取り扱うことになった。その西沢さんには2002年お亡くなりになるまで大変お世話になった。今では靖国神社に行くことはほとんどなくなったが、6月4日を迎えるとついセンチメンタルに加藤部隊の人たちを想い出す。

 加藤部隊は、通称「加藤隼戦斗隊」と呼ばれていたが、正式名は第五飛行師団隷下の「飛行第64戦隊」と呼ばれていて、それが故に「6月4日」を部隊の記念日としてほとんどの隊員が他界されるまで「六四会」戦隊会は続けられていた。

 先般ロヒンギャ難民について拙稿を書いたが、この中で1971年1月に軍神加藤建夫少将が戦死されたベンガル湾を望むラカイン州アキャブ(現シットウェイ)海岸で加藤隊長や戦没者のための慰霊祭を行ったことに触れている。そこは正にロヒンギャ居住区に近い土地である。普通の観光旅行では将来的に決して訪れることがないアキャブ海岸で、今話題のロヒンギャの人々と接触出来て拙稿に彩を添えてくれたのも、もとを糺せば、西沢さんたち「六四会」の方々のお陰である。6月4日になるといつも加藤隼戦斗隊と戦友会を懐かしく想い出す。

 さて、今夕は東横線武蔵小杉駅前にある聖マリアンヌ医科大学東横病院ロビーでミニ・コンサートが開かれた。妻の友人が企画したもので、来日中のクリーブランド交響楽団の女性バイオリニスト、キャサリン・コリンズさんと彼女の友人で桐朋学園を卒業しピアニストとして活躍されている吉田まどかさんとのデユエットによる演奏だった。演奏曲の中でも、特にクライスラーの「愛の悲しみ」と「美しきロスマリン」が感動的だった。演奏者も素晴らしかったが、このような大きな病院で落ち着いた雰囲気の中で名曲を聴くというのも中々味のあるものである。

2018年6月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com