3855.2017年12月2日(土) 幸徳秋水と管野スガを想う。

 月刊誌「選択」が今年に入ってから「をんなの千一夜」と題する連載を始め12月号で第9話になる。執筆者不詳の記事が多い「選択」の中で、失礼ながらどういう履歴の方か分からない石井妙子氏という筆者が、中々興味深いことを書いておられる。副題は「管野須賀子憂国の『書く女』」と題されている。

 管野須賀子とは明らかに「管野スガ」のことで、久しぶりにこの女性の名前を目にした。彼女は幸徳秋水の下に身を寄せ大逆事件で秋水とともに、まだ29歳の若さで処刑された人物として、社会思想史上ではその行動と男関係でもしばしば登場するヒロインである。彼女については、僭越だが、大学ゼミ時代に社会主義思想と社会主義者を学んでいて、当時の社会主義運動に関わっていた社会主義者や思想家を調べている過程でしばしばその名と行動を目にした。大学ゼミで関心を抱いて関連書もかなり読んだ。大逆事件は、明治43年明治天皇の暗殺を計画していたとして、社会主義者、無政府主義者ら24名が大逆罪で逮捕された社会的に衝撃的な事件だった。本当のところはよく分からないが、スガは男を渡り歩いた末に思想的に師と崇めた妻のいた幸徳秋水と同棲し、生活をともにしたと言われている。荒畑寒村の「寒村自伝」が出てすぐ買い求め読んだが、今もわが手元にある。その中で寒村は恋人のスガが、寒村を捨てて秋水の下へ走ったことを恨みがましく書いている。その時はスガとはひどい女だと思ったが、父親が武士で、明治維新後は裁判官や弁護士をしていたというから相当なインテリ家庭に育ったことが分かる。また、結婚生活も夫の浮気で離婚したり恵まれなかった。それでもスガは頭脳明晰で新聞記者として腕を揮い、社会主義思想で共鳴した幸徳秋水ともども非戦論者として戦った。

 石井説では、スガが秋水をたぶらかせた魔女とか、男を渡り歩いた女と言われたのは、恩師幸徳秋水を尊敬する弟子たちが、秋水がスガに夢中だったと誤解したせいだと推察している。だが、スガは肺病を患っていて自らの命に未練を見せることもなかった。往生際の好い女性としても知られている。

 久しぶりに管野スガの生き方を紹介する記事に出会い、なぜか懐かしさを憶える。

2017年12月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com